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不安とは実態のないもの。

私たちの心が作り出すものです。

その実態のないものに、脅え、苦しんでいる。

実態のないものと向き合っても仕方がない。

自らの心で作り出すものであるから、ただそれを止めればいいだけです。

しかし、事は簡単にはいきません。

実態がないものだとわかっていても、不安をわざわざ作るなと言われても、やはり不安は日々、私たちを襲ってきます。

振り払おうとしても、そこから目を背けようとしても、次から次に新たな不安は芽生える。

生きるとはそういうことなのです。

大きな不安はなくても、小さな不安は誰にでもあるものです。

あっという間に通り過ぎていく不安もあれば、忘れてしまうほど小さなものもある。

あるいは、ときどき顔を出してくる不安もあれば、常に心にトゲのように刺さっているものもあるでしょう。

それらすべてを取り払うことは不可能です。

全ての不安が消えてなくなるのは、命がなくなったときです。

生きている限り私たちは不安と付き合っていかなければなりません。

そうであるならば、せめて心が抱え切れないほど大きくならないようにすることです。

人間はたった一つの悩みでだけで死を選ぶことはありません。

会社をリストラされた。ただそれだけでの理由で自殺する人はいないということです。

重い病気を先刻された瞬時に死を選ぶ人もいない。

リストラされたという現状を前にして、そこから果てしなく不安感を増幅させてしまう。

単純に考えるなら、会社をリストラされたのなら、また別の仕事を探せばいいだけです。

多少給料が下がろうが、これまでの仕事と別の仕事であろうが、本気にさえなれば仕事は見つかるはずです。

余計なプライドを持つことなく、これまでの仕事に執着しなければリストラなど大きな問題になりません。

ところが、多くの人たちは、リストラされたことでまるで全人格を否定されたような錯覚に陥ります。

「もう自分は、生きている価値がないんだ。」と。

そして次の仕事にも強いこだわりを持ってしまう。

「こんな仕事は自分がやるべき仕事ではない」「こんな給料ではプライドが許さない」「やったことがない仕事で不安だ」等々、自分の過去と仕事に執着しているのです。

そうして、自分で自分を追い詰めていくうちに、どうんどん不安感は募っていきます。

まるで雪だるまのように、転がりながら不安が大きくなっていきます。

悪い方へ悪い方へと気持ちが向かってしまう。

そしてついには、その大きさに心が耐え切れなくなってしまうのです。

このときの実態とは、リストラされたということだけです。

会社を首になったからといって、命まで取られることはありません。

まして、リストラが人格否定に繋がるはずもない。

たまたま、社会情勢が悪かったり、会社の実績が悪かっただけのこと。

会社は人生のほんの一部であり、全てを占めるものではありません。

その実態とはほんの小さな石のようなものです。

その小石をいたずらに転がしていまうから、大きな雪だるまになってしまうのです。

「このままずっと、仕事がなかったらどうしよう。」

「1年も2年も次の就職先が見つからなかったらどうしよう。」

そんな不安に襲われることもあるでしょう。

そんな弱音は誰しもが持っています。

それでも、それは全く無駄な悩みです。

そんなことにくよくよしている時間があるならば、まずは行動を起こすことです。

やたらと不安感にさいなまれる人を見ると、そのほとんどは動かずにじっとしていることがわかります。

仕事が見つからないと言いながら、家でじっとしている。

あるいはパソコンや雑誌などを眺めながら仕事を探している。

もしくは誰かが何とかしてくれるかもしれないと期待しながら、ただ待っているだけ。

そんなことをしていくうちに、自分の体に雪が降り積もってしまいます。

自分が動かずして周りが動くことはありません。

自分が動かなければ、周りの状況も変わることはありません。

まずは自分が行動することです。

やれることは全てやってみる。

どんな小さなことでもいいから、家を飛び出して行動してみる。

一歩踏み出すことで、大きく状況が変わってくる。

今というこの瞬間だけを見据えて、できることからはじめることです。

人間は、行動しながら悩むことはできません。

前を向いて走りながら、あれこれと考えることはできません。

立ち止まってしまうからどんどん余計な不安が生まれてくるのです。

走り続けている人は、雪に埋もれることはないのです。

そばにある不安の雪だるまを転がすのではなく、自分自身が行動する事が大事だと思います。

漠然とした大きな不安を前にしたとき、私たちはそこから逃れる術を知りません。

そもそも実態がないのですから、逃れる術などあるはずもない。

自分の力量を超えたものに対しては、私たちは無力でさえあるのです。

そうであるならばいっそ、その不安とやらに付き合ってみることです。

この世で起きていることすべてのことは、自ら運び動いています。

例えば春になれば草木が芽生え、夏に向かって花を咲かせます。

そこにはたくさんの虫や鳥が集まってきます。

これらすべては、自然の移ろいの中のこと。

つまりは、大きな1つの流れに乗っているのです。

人間もまた同じように、この自然の流れに身を任せ「あるがまま」を受け入れて生きることです。

どうしょうもないことは、自然の流れに逆らうことなく身を任せてしまう。

不安というものも、同じだと思います。

もちろん、自分の努力によって払拭でくるものは、自分で取り除くべきです。

しかし、それが自分の力ではどうしょうもないことであれば、いっそ不安を受け入れてしまうことです。

かたくなに立ち向かうのではなく、やわらかく受け止めてしまう。

「まあ、こんな不安があるのも仕方ないなと。」

そして受け入れた後にはそこに心を止めることなく、さっと脇に流してしまうことです。

「リストラされたらどうしよう」「老後の生活費がなくなったらどうしよう」「重病に侵されたらどうしよう」など、起きてもいない不安に襲われることがあります。

何か根拠があるわけではないですが、もしかしたらと悪いほうに考えてしまう。

「マイナス思考」が多い人と少ない人がいます。

「マイナス思考」は自分だけが持っているのではなく、みんなが持っています。

それを認めるだけでも少しは気分が楽になります。

そして、冷静になって考える。「もし、リストラされたらどうしよう」という不安が横切ったら、その不安と正面から向き合えばいい。

「そうだな、確かにそれは不安だな」と正直に受けとめればいい。

敢えて払拭しようとはせず、自分の心の中にはそんな不安があることを認めてしまえばいいのです。

その上で次の段階に気持ちを巡らせるのです。「そうであるならば、もしリストラされたら自分は何をすればいいのだろう」と。

次の仕事はどうしようとか、家のローンはどうしようとか、教育費はどうしようかとか具体的に不安をあぶりだしてみて下さい。

そうしているうちに、やがて気づきます。

「来てもいない将来の不安に対して、自分は何をくよくよしているのか」と。

いかにバカげたことを考えていたことに気がつきます。

そして自分自身に「あ、いいや。そうなったらそのときに考えよう。」

これが不安を抱えない人の性格であり、ポジティブな考えです。

「そうなってから考えよう」これが不安に対処する処方箋の目玉商品です。

あれこれと思い悩むのではなく、不安が現実になってから考えればいい。

現実にならなければ過去に、あれだけ脅えていた自分はどうなのでしょうか。

非常に苦しい思いをして、全く人生でもっったいない時間を過ごしていたことになります。

大切なのは未来のこと(前向きなことは除く)をあれこれネガティブに考えることをやめて、今日、今という一瞬を一生懸命生きることです。

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