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自然が人間に及ぼす不思議なことはたくさんあります。

赤ちゃんが、自然に産まれるときのは満ち潮の時間が多いそうです。

事故などで亡くなる方は別ですが、だんだんと病に侵され「もうそろそろ危ないですよ」と医師が告げるときは、引き潮のときに多いそうです。

科学的に証明されているわけではありません。しかしこうした自然の摂理は私たちの前に横たわっています。

その摂理をないがしろにしてはいけないのです。

考えてみれば、自然は私たち人間に「規則」をはめてくれます。

夜が白々と明け、朝日が昇ればそろそろ自然が起きなさいと言う。夕方になって夜も更け始めればそろそろ体を休めなさいと言う。

誰が決めたわけではありませんが、人間はそうした自然の声に耳を傾けて生きてきました。

それが人間にとって最も自然で最もストレスを溜めない生活であることを教えてくれていたのです。

ところが、現代社会では、この自然の「規則」を科学の力によって取り払ってしまいました。

夜になっても光にあふれ、休息というものを奪ってしまった。

夜の明るさは昼間のそれとは異質なものです。

同じ明るさでも、昼間とはまた別の欲望が顔を出してきます。

本来は不要である欲望が、あたかも大切なものであるかのように思えてしまう。

自然の「規則」が外れた人間たちは、生まなくてもいいような悩みを生んでしまうのです。

医学の発達も私たちに大きな影響を及ぼしています。

赤ちゃんは産まれる時間をきっちりと設定され、「定命」が尽きているのに医療機器によって、生かされています。

せっかく引き潮のときに旅立とうとしても、それさえ許してくれません。

もちろん、この延命措置については賛否両論があるでしょうが、「生きること」と「死なないという」ということは分けて考えるべきだと思います。

私たち人間は、1日1日老いていきます。昨日の自分より今日の自分の方が老いている。

それは当然のことです。体の機能は少しずつ衰えていき、心がゆっくりと死に向かって準備を始めていく。

波が絶え間なく寄せて、少しずつ海岸の岩や石を浸食していく。

その波の動きは決して止まることはない。

それが「老いる」ということなのです。

その自然の計らいに、私たちは逆らうことはできません。

時計の針を戻すことなどできはしない。

そうであるにもかかわらず、そこから目を背けて老いることを嘆いたりします。

いつまでも若くありたい。いつまでも健康な体を維持したい、そういう願望を持っていて当たり前ですが、そこに執着することで様々な悩みが生じてくるのです。

なぜならば、「いつまでも若く」というのは不可能なことだからです。

昨日と全く同じ状態を維持したい。明日もまた今日と同じ状態であることを願う。

つまり、「悩み」というものは「今を留めよう」とか「もっと違う状態にしよう」という気持ちから生まれてくるものなのです。

昨日を振り返るよりも、明日を心配するよりも、今日という日にだけ目を向けると気持ちが楽になります。

今、ここにいる自分だけを受け止めればいい。

あるがままの姿を見つめていればいい。

過去、現在、未来とありますが、悩んでいらっしゃる方のほとんどが「過去の失敗」「将来に対する不安」と過去と未来のことが圧倒的に多いです。

過去には絶対戻ることができませんし、将来も何が起きるかは誰にもわかりません。

つまりどんなに悩んでも絶対に解決することができないものなのです。

解決策はたった1つ「今をどう生きるか」を悩んでください。

辛い過去に対して、今日どう生きていくのかだけを考えます。

それによって将来がどうのこうのと考えてはいけません。

過去は教訓に留め、今を大切に生きる。

今日、こうやったから明日は・・・とか未来のことは考えない。

今日できることを、後悔しないように一生懸命やる。

それが悩みの解決策だと私は思います。

ストレスに満ちあふれた社会です。

いつも何かに追いかけられ走り続ける毎日。

具体的な心配事があるわけでもないのですが、漠然とした不安感に包まれている。

解決しようにも、立ち向かっていこうにも、決して相手は姿をみせない。

ただ大きな力によって心と体を蝕まれている。

そんな感覚を持つ人が多いのではないでしょうか。

そんな人たちの目は、いったいどこを向いているのでしょうか。

皆さんの目は毎日何を見ているにでしょうか。毎朝辛い体をひきずり、家から駅に向かう。顔は下ばっかり向いて、目に入ってくるのは自分の靴のつま先ばかり。

電車の中では、眠っているかスマホを見ているだけ。

車窓からはまぶしい太陽の光が入ってきているのにそれさえ気づかず。会社の道のりに小さな花が咲いていることさえ知らない。「今日の空にはどんな雲が浮かんでいましたか」「道端にはどんな花がさいていましたか」「季節がほんの少し進んだことに気が付きましたか」などの質問に答えられる人がどれだけいるでしょうか。

自然の営みに目を向けてください。

空の色を眺め、吹いてくる風を体中に感じてみてください。

家から駅に向かう道は同じです。

しかし、1日たりとも同じ自然ではありません。

昨日は閉じていたつぼみが、今日になって開いていたり、木々の葉っぱが少しだけ色づいていたりする。

小さな石ころさえ、昨日とは違う場所にあるかもしれません。

そんな小さな自然に目を向けてみてください。

空の様子を見て、空気の暖かさや冷たさを体中で感じてください。

そこには天気予報では伝えられない自然の力があります。

降水確率ばかりに目を向けるのではなく、自分の持っている五感で自然と向き合ってください。

雨が降りそうなときは、かすかに雨の匂いがあります。

気温が低くなりそうなときには、素肌の感覚がそれを知らせてくれるものです。

自然の息吹を感じることが、人間にとっては最も大切であることを忘れてはいけません。

家から外に出たら、すーっと深呼吸をしてみる。

道端に咲く小さな花を一瞬でもいいから愛でてみる。

季節が移り変わったことを肌で感じてみる。

時間にすればほんの数秒です。

この一瞬の時間が大きな心の余裕となって返ってくるのです。

心と体で自然を感じることで、ストレスの半分は解消できると私は思っています。

裏を返せば、自然の営みに目が向いていない人ほど根深いストレスを抱えているといえるかもしれません。

根深いストレスはやがて刃となって襲いかかってきます。

そうなる前に、自らの目をストレスから背けてしまうことです。

姿の見えない相手と戦おうとするのではなく、自然というものに逃げ込んでしまうこと。

自然は人間にとっての心の逃げ場でもあります。

そこに少しの間だけ逃げ込むことで心は随分と癒されます。

これも自然との共生です。

私たち人間が抱えている「煩悩」。

すべての苦しみはここから生まれます。

しかし、人間はそこから決して抜け出すことはできません。

全ての煩悩を取り払うことはできない。

しかし1パーセントくらいは心の持ちようで取り払うことができます。

ほんの少しだけ自分の心を開放してあげること。

それができれば、もっと生きやすい自分になることができます。

「なくて七癖」という言葉があります。どんな人間にも必ずその癖がある。

つまり、まったく癖のない人はいないということです。

ここで7つの煩悩を取り出します。

「不安になる癖」、「心配する癖」、「欲しがる癖」、「妬む癖」、「イライラする癖」、「見栄を張る癖」、「承認されたいという癖」
です。

この7つの煩悩に1つも当てはまらないという人はいません。

程度の差はあるでしょうが、すべての人間の心に存在するものです。

放置していれば、どんどん増殖していきます。

せめて、それだけは避けなければなりません。

ネガティブはネガティブを呼びます。

悪循環です。

発想、思考自体をガラリと変え、ポジティブにもっていくしか方法はありません。

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